東宝/カラー・東宝スコープ/87分
昭和33年6月24日公開
「かくて液体人間誕生」
監督 本多猪四郎
生物史によると、氷河期に絶滅した爬虫類に代り、哺乳動物が誕生し、人類の繁栄をみるに到ったが、若し大気が放射能で汚され、人類が絶滅した時、新しい生物の登場という事も考えられよう。
この映画の製作に当り、僕は東海村の原子炉を見学したり、東大原子核研究所の斉藤理学博士にお話をお伺いして、新生物の誕生も決して不可能なことではないと思った。
想定された液体人間とは、核実験下に死の灰を浴び、物理的化学的ショックにより全細胞が液体化した人間である。所がこの液体人間を映画の上で表現する事は中々困難で、結局、綿密なトリックと、高度な写真技術がこの作品の生命となっている。
さてどういう液体生物が生まれるか? 円谷さんも僕もその完全な姿は最後の完成品まで確認することが出来ないという全く苦心惨憺たる現状だった。
(東宝スタジオ・メールより)
(解説)
──ある雨の夜、タクシーに轢かれたはずの男が服だけを残して消えてしまうという奇怪な事件が起きた。遺留品の鞄から大量の麻薬が発見され、警視庁の富永捜査一課長らは密売の容疑者であるギャング・三崎の行方を突き止めるため情婦の新井千加子をマークする。
その千加子を訪ねて、富永の大学時代の友人で生物化学者の政田助教授が現れた。城東大学の真木博士のもとで放射能が生物に及ぼす影響を研究している政田は、水爆実験の死の灰(放射性降下物)を浴びて変異した液体生物がこの人間消失事件に関係していると主張する。富永をはじめ刑事たちにはにわかに信じがたい話だったが、やがて捜査を続ける彼らの前に不気味な黒い影が……!
『ゴジラ』に始まる東宝特撮映画の新たな可能性を求めて製作された変身人間シリーズの第1弾。刑事たちの捜査活動をリアルに描く導入部から、無人の漂流船をめぐるホラータッチの中盤を経て人類を脅かす怪生物の謎に挑むSFスペクタクルへと、ジャンルをまたいで展開する木村武のシナリオを丹念に映像化し、後の『真紅の男』に通じるハードボイルドなサスペンス映画としてトーンを統一した本多監督の力量が際立つ。特にジャズバンドの演奏に乗せて、ヒロインの歌やセクシーなフロアショーと捜査陣VSギャング一味の駆け引きが同時進行するキャバレー「ホムラ」のシークエンスは圧巻。
照明を絞ってフィルムノワール調の陰影に富んだ映像を作り出すなど本多演出を支えた本編スタッフの熟練の技に加えて、素材探しの段階から困難な液体生物の表現に取り組み、大がかりなミニチュアセットで液体人間焼却作戦のクライマックス(燃えさかる隅田川の橋の上をジープが走り抜ける名場面)を盛り上げた円谷英二率いる特技スタッフの意欲が結実した、まさに大衆娯楽映画の醍醐味を満喫させてくれる一編である。
千加子(白川由美)の周囲に出没する液体人間は三崎(伊藤久哉)の変わり果てた姿なのか? 人々を襲って溶かし仲間を増やしていく液体人間は、吸血鬼やゾンビを超えたポスト・アトミック時代のモンスターだ
東宝特撮映画の三羽烏ともいうべき佐原健二(政田)、平田昭彦(富永)、土屋嘉男(田口刑事)とベテランの宮下刑事部長を余裕たっぷりに演じた小沢栄太郎
麻薬ギャング・内田役の佐藤允と、男たちを虜にするファム・ファタル的ヒロインの白川由美。佐藤允は風貌が似ていることから和製リチャード・ウィドマークと呼ばれ、同じ白川由美と共演した本多作品『真紅の男』をはじめとして多くのアクションものや戦争映画で活躍。本作でも得意の高笑いを聞かせる
本多組の完成記念集合写真(写真をクリックすると拡大写真が見られます。)
出演
佐原健二
白川由美
千田是也
平田昭彦
佐藤允
小沢栄太郎
田島義文
土屋嘉男
伊藤久哉
北川町子
白石奈緒美
三島耕
山田巳之助
中村哲
園田あゆみ
藤尾純
山本廉
中丸忠雄
瀬良明
加藤春哉
大村千吉
広瀬正一
林幹
桐野洋雄
夏木陽介
中島春雄
手塚勝巳
他
千加子のアパートのセットで白川由美に演技をつける本多監督。白川由美は『空の大怪獣ラドン』『この二人に幸あれ』『地球防衛軍』『妖星ゴラス』『鉄腕投手・稲尾物語』等に出演。水野久美と並ぶ本多作品のマドンナ的存在である
千加子が大学に政田を訪ねてくるシーンの演出風景。このパステルカラーの黄色いスーツやドレッシーなステージ衣装など、ヒロインを彩る50年代モードも魅力だ
捜査一課の刑事部屋のセットにて準備中の一コマ。政田と富永の会話を聞いている他の刑事たちの細かなリアクションも見逃せない